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  • Tomohito Baji

帝国の歴史学

Amanda Behm, Imperial History and the Global Politics of Exclusion: Britain, 1880-1940 (London: Palgrave Macmillan, 2018) の書評


* 『政治思想学会会報』(2019年7月)掲載の元原稿(http://www.jcspt.jp/publications/nl/048_201907.pdf


 近年、啓蒙期を主たる対象に「政治思想としての歴史叙述」研究が著しく進展した。しかし、かかる分析視角は啓蒙期研究の専売特許ではない。本書は19世紀最後の四半世紀から20世紀前半におけるイギリス帝国思想に焦点を当て、そこでいかなる歴史叙述が展開され、その叙述が同国の帝国政策や統治をどのように幇助したかを分析する。明らかとなるのは、上記時期における帝国・植民史という学問分野の生成と発展、その学知に基づく帝国領域の分節化(階層性や差異の創出・正当化)、特定の人々の脱主体化、人種主義、および同時代の外交・国際政治的動態、これらの間の複雑な結びつきである。

 

 また本書の特徴は、2000年代以降の潮流である殖民世界(settler world)への「転回」に対して一定の修正を促す点にある。殖民世界の焦点化は、その世界が歴史的に関与してきたそれ以外のイギリス帝国領域(の人々や資源)に対する不正義を分析枠組みの外へ周縁化する傾向がある。それを改め、世界大戦を挟む時期に殖民世界と従属帝国(subject empire)の間の階層的関係がどのように固着、また流動化したか、そしてそこにおいて帝国・植民史という知がいかなる形で関与したかを明確にすべきである、と著者は主張する。

 

 本書は全8章から構成される。まず第1章では、本書全体の主張、すなわち「帝国史」という新分野(1870年代以降台頭し、初期は「植民史」とも呼ばれた)がイギリスの多くの知識人や政治家に対して、各々の抱く帝国の将来像を唱道する上での重要な知的道具を提供した、が示される。第2・第3章は同分野の草創期を扱う。著者はそこで、主にJ.R. シーリーによる「二つの帝国」モデルの提唱―ブリティッシュ・ディアスポラから成る殖民帝国とインドを含む従属帝国―およびその差別化を正当化するための彼や他の歴史家(E.A. フリーマン、ジェームズ・ブライス、J.A. フルード)による「科学的」・人種主義的な歴史叙述を照射する。

 

 第4・第5章は世紀転換期における「二つの帝国」モデルの制度化(オックスフォード大学バイト植民史講座をはじめとした大学・研究機関での精緻化や教授など)、と同時に、インドやアフリカで台頭するナショナリズムによる同差別的モデルへの挑戦を描く。しかし著者によると、そうした初期の反植民地主義はリベラル帝国主義者の歴史叙述に根本的変革を迫るものではなかった。第6・第7章では、1920年代・30年代にテュートン人種、アングロ・サクソン人種を中心主体とする帝国史叙述がいかに書き直され、しかし一方で「二つの帝国」モデルが緊張や矛盾を内包しつつも、いかにして新たなナラティヴ(アルフレッド・ジマーンらの「第三次イギリス帝国」論)の中に保存されたか、を描出する。戦後、脱植民地化が進む中での帝国史研究はそのような「コモンウェルス」ナラティヴへの反動かつその遺産の継承の中で展開された。終章はその二面性を扱う。

 

 解釈上の細かな点を言えば、疑問を呈したくなる箇所も散見される。しかしヴィクトリア朝後期のシーリーから脱植民地時代のジョン・ギャラハー、ロナルド・ロビンソンに至るまで、帝国史と現実の帝国統治・政策、国際政治の動態的絡まりをマクロな時間軸の中で描き切った独自性は、イギリス帝国思想研究の重要な一ページとなろう。政治思想史・帝国史・国際関係史に跨る分野横断的・複眼的な観点から読まれるのに相応しい。

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